合歓の花影

「おばあちゃん。この写真集、見て。図書館から借りてきたの。隣町の和菓子屋の鴻野さんが何年か前に出されたの。鴻野さんって、アマチュアカメラマンだったのね」

 初夏の昼下がり。茨城県霞ヶ浦に隣接する町の図書館で、パートで司書を勤めている孫娘の毬子が自宅に帰るなり、祖母の志乃に言った。

「きっと、おばあちゃんが懐かしがるんじゃないかと思って・・・」

 その写真集は、『想い出の水郷』と題された、地元新聞社が発行した立派な装丁の本だった。

「おや、そうかい。じゃ見てみようかね」

 広い坪庭に向かって開け放された居間の、ソファに座って寛いでいた志乃は、その写真集をテーブルに置いて、ゆっくりと開いた。

「あら、シロクロ写真だね。今時珍しいね」

 志乃は、皺だらけの太い指で写真集をめくり始めた。広い水田の中で、笠を被り、絣の野良着を着た農婦が、足踏み式の水車で、エンマと呼ばれた水路から水田に揚水する光景の写真が目に入った。

「この写真は、懐かしいね。嫁に来たころは、あちこちで水車を踏んで、田んぼに水を汲み上げていたんだよ。私もやったことがあるよ。日差しが強いころだから、こんなふうにボッチ笠を被ってね」

「ボッチ笠って?」

「イグサを編んで作った笠だよ。軽くて隙間があるから、風がよく通って、涼しくて頭が蒸れないんだよ」

「ああ、今でも潮来の娘船頭さんが被ってるね」

 志乃は次のページをめくった。そこには、十名近い農婦たちがボッチ笠を被って、水田で田植えをしている写真が収められていた。

「昔はこんなふうに、みんなが集まって賑やかに、手で苗を植えたんだよ。今は田植機で植えるけど、あの頃の田植えは大変だった・・・」

そう言って志乃は、その写真にじっと見入った。

「じゃ、おばあちゃん。ゆっくり写真集を見ててね。私、これから車でスーパーに行って、今日の夕食用に何か、買ってくるから」

 志乃は、写真集から顔を上げずに、やや沈んだ声で言った。

「ああ、気をつけて行っておいで」

 毬子は、祖母の声が少し変わったことに気が付かず、そのまま出かけた。志乃は、写真集を見ながら、涙ぐんでいたのだった。辛かった田植え作業が急に思い出され、志乃は写真の女たちの一人に、自分が加わっているような気がした。丁度、梅雨入りの今頃の季節だった。

                    *

「志乃さーん。田植えはみんなに合わせて、一列に植えていくんだよ。遅れてはだめだっぺよ」

昭和三十一年、鹿島女(かしまおんな)と呼ばれ、鹿島地方から稲敷郡などの大きな農家に、田植えや稲刈り時に出稼ぎに来ていた女たちの中で、歳かさの女が志乃に声をかけた。志乃は今年十七歳。鹿島では仕事がないので、初めて田植えの出稼ぎに参加したのだった。

他の鹿島女は、皆数年以上出稼ぎに来ていて、田植えに馴れていた。小柄な志乃は田植え作業での体の使い方がわからず、ぎこちない手つきで、どうしても遅れがちだった。そんな志乃を見かねて、皆はややゆっくり苗を植えていた。

「仕方なかっぺ。おらたちも初めはうまく植えられなかったからなあ」

「そうは言ってもよ。今日中に、この広い田んぼと両隣の田んぼを終わらせないと、日が暮れちまうよ」

 歳かさの女は、女たちを束ねる役目なので、やや焦っていた。志乃の隣の女が言った。

「志乃さん。私の植え方をまねして」

 志乃はその女の田植えの手つきや泥から足を抜く時の足さばきを見習い、そのとおりにした。泥から地下足袋の足を抜く時に、足首を伸ばすと楽に抜けた。

「そうそう、それでいいよ。田植えは辛いと思っては、だめ。何か楽しいことを考えたり、田んぼのカエルやドジョウやタニシを見ながら、やるといいよ」

志乃は若いだけあって、田植えのコツを体で覚えると、それからは早かった。どんどん調子よく植えて、皆より先に行ってしまった。

「あらあら、志乃さん。皆に合わせるんだよ。先に行ってはだめ」

「はい、姐さん。すみません」

 午前中の田植えが終わり、昼になった。稲敷地方は湿田が多かった。エンマ沿いのやや高く土を持った水塚が乾いていたので、女たちは、そこに茣蓙を敷いて腰を下ろした。

「お疲れ様。お昼をたくさん食べて、午後の田植えも頑張ってください」

 雇い主の農家の主婦、奈津は、皆の労をねぎらいながら、朝早くから親戚や近所の女達とともに、腕によりをかけて作った田植弁当を広げた。弁当は三段の重箱に入っていた。鮒の煮付けや川海老やゴロ(はぜ類)の佃煮などの水郷料理だった。浮島大根の沢庵漬けもあった。白飯もお椀に山盛りで提供された。

「こんなご馳走は、鹿島では食べられないよ。砂地で田んぼができないから、麦飯ばっかり。銀飯は贅沢だっぺ。薩摩芋は穫れるけど、いつも芋ばかり食べてると、出るのは屁ばっかりだ」

「いやだ、姐さん。あはは」志乃は口を押えて笑った。

「ほんとにねえ。鹿島は貧しくて、高校に進む子どもが少ないんだよ。家もあばらや同然。こちら稲敷の家は立派だねえ。鹿島は、海はあるけど砂浜だけで、港がないから、大きな船は着けられない。小さい漁船で獲れるのはイワシと貝だけだよ。海が荒れたら、漁に出られないからなあ」

「せめて、銀飯を腹一杯食べたいなあと、子どもの頃からずっと思っていたんだ」

「こちらでは、旨いお昼が食べられて幸せですよ。奥さん」

「そう言ってもらって、ありがたいよ。田植えは大変だからね。せめてご飯だけは、たくさん食べて、午後、また精出して頑張っておくれ」

 女たちは賑やかにおしゃべりをしながら、田植弁当の惣菜を旺盛な食欲で次々に平らげた。アルミのヤカンから、井戸水で冷やした麦茶を茶碗に注ぎ、喉を潤した。麦茶を一口飲んだ女の一人が、驚いて言った。

「まあ、この麦茶、甘い。砂糖が入ってるよ。やっぱり稲敷の方は贅沢だねえ」

 そんな女たちから少し離れて、農家の長男の丈太郎が黙々と昼食を食べていた。丈太郎は、午前中、隣の田んぼで牛を使って代掻きしたり、条植えの田植えで苗を植える目印になる線を泥田に付ける六角型の定規を転がしたり、苗を運んだりしていた。農夫らしく寡黙な男だった。女たちの会話には混ざらず、弁当を食べ、口を動かしながら、眼は女たちの表情を追っていた。その視線は、女たちの中で一番年下の志乃に向けられていた。

                    *

 その日の午後、五時を過ぎた。日の入りまでまだ間があったが、朝早くから苗代で苗取りから始まり、延々と田植え作業を続けたので、かなり疲れていた。腰に鉛をつけたように重く、前屈みに曲がっていた。

「さあ、このへんで今日は上がっぺ」

歳かさの女が声をかけると、鹿島女たちは、ほっとして泥の田んぼから上がった。田んぼの縁で腰を伸ばしたり、腰周りをこぶしで叩いている女もいた。

「田植えは一日中、中腰だから、腰に来るなあ」

「今日は天気が良かったから、だいぶ日焼けしたっぺ」

「ボッチ笠、被ってたから、顔の上半分はいいけどよ、下半分や首周りは日焼けしたな」

「志乃さんも、顎のあたり、日焼けして赤くなってるなあ」

「嫁入り前の娘は、日焼けしないように、手拭いで顔や首周りを覆うといいんだよ。目だけ出して。虫除けにもなるし」

「ありがとうございます。明日、そうしてみます」

志乃は素直に受け答えして、他の女たちに受け容れられ、妹のような存在だった。

 女たちは、田んぼから丈太郎が漕ぐさっぱ舟に乗り、エンマの水上を雇先の農家に向かった。

「夕風が吹いてきた。水辺をわたって来るから涼しい。汗が引いて気持ちがいい」

 女たちの誰かが言った。皆、同感だった。雇い主の農家は塚本家といい、地区の名主を務めたこともある大きな家で、長屋門があり、作業場を兼ねた庭場が広く、母屋も大きかった。先に戻っていた奈津が、やさしい表情ながら貫禄を見せて言った。

「皆さん、一日ご苦労様でした。さあ、冷たい井戸水で手足を洗って、一休みしたら、お風呂に入ってください」

女たちは先ず庭先で、釣瓶井戸から桶で水を汲み、手足を洗った。さらに湯屋で二人交替で風呂に入り、汗を流した。持参の浴衣に着替えてさっぱりした顔で夕食の席についた。夕食は一人一人にお膳でふるまわれた。料理は、奈津と近所や親戚の女たちが、結いで作ったものだった。その料理は昼食よりもさらに豪勢で、銚子港から霞ヶ浦を経て、早船で運ばれてきた鰹の煮付けもあった。丈太郎が近くのエンマで獲ったドジョウの丸煮もあった。歳かさの女が言った。

「鹿島じゃ、こんなご馳走はお大尽でも食べられないよ。おら、ご馳走が楽しみで、出稼ぎに来てんだ」 

「ほんとうによ。鹿島に持って帰って、親や弟、妹に食わせたいくらいだ」

「おら、鹿島に帰りたぐねえ」

「鹿島に帰らねえで、どうすんだ?」

「おら、稲敷さ、嫁に来てえ」

「そんなら一生懸命田植えして、気に入ってもらわねばなあ」

 別の女が言った。

「おらは農家の嫁にいきたぐねえ。田植えはたいへんだ。東京さ行って、会社勤めしてえ」

「そんなら、まず、東京弁をしゃべれねえとなあ。それに経理とか算盤とか勉強しねえと。無理だ。夢ばかり見ていては仕方無かっぺよ」

「そうかなあ、鹿島の女が夢を見ても悪いことはなかっぺ」

「夢みたいなごと考えてねえで、旨いご飯いただいたら、今晩はぐっすり寝て、疲れを取って、明日はまた、残りの田んぼで田植えだ」

 一番若い志乃は、仲間の女たちの会話を黙って聞いていた。志乃たちは夕食後、母屋の大部屋でしばらく歓談したあと、用意された布団を敷き、田植え作業の疲れから、すぐ寝息を立て始めた。

                  *

 そこまで思い出した時、孫娘が帰ってきた。

「おばあちゃん、戻ったよ。おばあちゃんが好きな、鉾田のメロンが安くなってきたから、思い切って買っちゃった。クインシーメロン、一個九八〇円」

「おや、立派なメロンだねえ。まず仏壇に上げておくれ。メロンは二、三日置いてからの方が美味しいからね」

「そうよね。おばあちゃん。あら、写真集、見たのね。懐かしい写真、あった?」

「ありがとうよ。毬ちゃん。お陰で昔のことが、よく思い出されたよ。昔の田植えはたいへんだった。今みたいに田植え機がなかったから、皆で腰を曲げて手で植えたんだよ。それは辛かった」

 毬子は、写真集の中の一枚の写真を指差した。農村の嫁入りの写真だった。

「この写真のお嫁さんの衣装、素敵ね」

「そう。私も、こんなふうに角隠しの文金高島田で、きれいな色内掛の花嫁衣裳で嫁いで来たんだよ」

「近所の人が皆、花嫁さんを見に集まっているのね。女の子たちは、憧れの目で花嫁さんを見てるね。周りの奥さんたちは皆微笑んで、花嫁さんをお祝いしてるね。お幸せになってねって感じだよね。この紋付の留袖の人はきっと花嫁さんのお母さんね。晴れ晴れとした表情で、とても誇らしげだね。こんな写真がよく撮れたと思うわ。おばあちゃんは、やっぱり嫁入り舟でお嫁に来たの?」

「そうだよ。でも実家は貧しくて、嫁入り舟を仕立てるなんて、とても出来ないから、塚本家の方で費用を出してくれたの。この家は昔、名主を務めた大きな農家だったからね」

 そこまで聞いていた毬子が居間の時計を見て、申し訳なさそうに言った。

「おばあちゃん。ちょっと待ってね。夕御飯の準備をしちゃうから」

志乃は頷き、居間のソファに座って、また当時の思い出に浸っていった。

                  *

                   

志乃は、鹿島女の中でも特に働き者で、気立てがよく、塚本家に気に入られた。丁度、嫁を迎える年齢になっていた丈太郎も、田植えと稲刈りに志乃に会えるのを楽しみにしていた。三年目にはそれが、志乃にいつも傍にいて欲しいという気持ちに育っていた。

 田植えが終わり、女たちが鹿島に戻る前日の夕方、家々に灯りがともる頃、丈太郎は志乃をエンマ沿いの舟着き場に誘った。桟橋を兼ねた出し端にさっぱ舟が一艘、舫っていた。志乃は、風呂上りの浴衣姿で、洗い髪が肩までかかっていた。

「志乃さん。お陰で今年も田植えが無事済みました。農家では田植えと稲刈りは、お祭りみたいに賑やかに、勢いでやらないと、なかなか終わらないんだ。猫の手も借りたい忙しい時に志乃さんたちが手伝いに来てくれて本当に助かっているんだ。ありがとう」

「こちらこそ。楽しくお手伝いさせていただいて、お母様にも優しくしていただいて、皆で感謝しております。それに、ご飯もおいしくて」

 志乃はつい正直に言ってしまい、恥ずかしそうに微笑んだ。丈太郎もつられて笑った。

「それは良かった。この辺は何もないけど、米と川魚だけはあるからなあ。俺も農家の長男に生まれたが、学校時代は勉強をして、世の中にはいろいろな仕事があるから、別に農家を継がなくてもと思った。でも親父、お袋が年々歳を取っていく様子を見ると、迷ってばかりではいられない。それで、先祖から代々続いてきた農家を継ぐ決心がようやくついたんだ。気持ちが落ち着いたら、今度は嫁さんだ。親父、お袋からも、農家では嫁が大事だって言われてる。昔から嫁さんが農家の中心なんだ。嫁さんは農家にとって宝物だべ。俺も今年で二十五だ。だからそろそろ身を固めねばと・・・」

 丈太郎は一息ついて、続けた。

「志乃さん・・・。志乃さんの働きぶりも、気持ちがしっかりしてることも、分かってるつもりだ。確かに農家の嫁はたいへんだ。お袋見てると、そう思う。朝早くから夜遅くまで、一日中働きづめだ。舅、姑ともうまくやらねばならない。でも、志乃さんなら大丈夫だ。志乃さん・・・。俺のところに嫁に来てくれないか。三年前、志乃さんがうちに田植えの手伝いに来てくれた日から志乃さんが俺の心の中に居るようになって、鹿島に帰った農閑期も志乃さんのことが忘れられなくなったんだ。農家の嫁はたいへんだけど、志乃さんを俺が一生守る」

丈太郎は一気に話した。そして自分だけが一方的に話して、志乃の考えを聞いていないことに気づいた。

「ごめんよ。自分だけ話してしまったなあ。志乃さんはどう思う?」

「はい。急なお話なので、びっくりしてしまって・・・」

「そうだよな。でもよく考えてみてくれないか。返事はゆっくりでいいんだ。俺の気持ちは、親父とお袋に話してある。二人とも、志乃さんなら申し分ないと賛成してくれている」

「ありがとうございます。もったいないお話です。明日から鹿島に戻りますので、両親はじめ、家族とも相談してみます」

 丈太郎はほっとした。自分の真剣な気持ちは志乃に伝わったと思った。

宵闇が深まる中で、志乃の頬を涙が伝った。悲しい気持ちではなかった。淋しい気持ちでもなかった。妻として必要としてくれる男がいて、嫁として迎えてくれる家があることに、感謝したい気持ちでいっぱいになった。

 田んぼでは、爽やかな夜風が吹き渡り、蛙の合唱が賑やかだった。

                  *

その年の十月、早場米地帯である稲敷地方では、すでに稲刈り、脱穀、籾摺り、玄米の供出が終わり、水郷の農村では穏やかな日々が過ぎていった。

大安吉日の日曜日、朝から快晴に恵まれ、塚本家の前の江間の出し端に、花嫁を乗せた嫁入り舟が着いた。黒の紋付袴を着た新郎の丈太郎と塚本家の家族が出迎えた。婚家の長屋門には、ボッチ笠が吊り下げられていた。その下を仲人夫人に手を引かれて、志乃が花嫁衣裳姿でくぐると、作業場を兼ねた広い庭場には、藁松明が白い煙を上げて、ちょろちょろと燃えていた。

仲人夫人が志乃に声をかけた。

「さあ、その火を跨いで通るんですよ。それがしきたりだから」

 志乃は何故そうするのか、分らなかった。一瞬戸惑ったが、仲人夫人が手を取って促した。志乃は思い切って、その小さな火を軽く飛び越すように跨ぐと、婚礼に集まっていた人々はそれを見て、一様に満足気な表情を浮かべた。そうして志乃は婚家の母屋に入ったのだった。

稲敷郡の嫁入りの風習であることは、後から聞いた。そのしきたりは、これから農家の嫁になって、ボッチ笠を被って農作業にいそしむこと、台所のかまどに藁をくべて煮炊きをし、主婦として火の管理を任されることへの決意の表れだったのだ。

 母屋の大広間は盛大な婚礼の宴席になった。婚礼料理の主役は、腹合わせの大きな雌雄の鯉だった。鯉は卵をたくさん産むことから、子孫繁栄の象徴だった。両家の親戚縁者が見守る中で、三々九度の杯を交わし、新郎の伯父が高砂を謡い終わると、一気に座は和んだ。志乃の実家の両親は、娘が稲敷の大きな農家に嫁いだことを喜びながらも、盛大な宴会の雰囲気に気後れして、身を小さくしていた。丈太郎がそれを察し、銚子を手にして席を立ち、義父、義母の前に正座をして頭を下げた。

「お義父さん、お義母さん。本日は鹿島から遠いところをありがとうございました。志乃を大切にしますので、これからも末長くよろしくお願いします」

 丈太郎はそう言って、銚子から酒を、義父、義母の杯に注いだ。

「この度は、ご縁があって志乃がこちらに嫁ぐことになり、本当に喜んでおります。ふつつかな娘ですが、よろしくお願いいたします」

 朴訥にようやく応えた父啓三、母満江の目には涙が光っていた。新婦の席から見ていた志乃の目にも涙があった。

仲人を引きうけた地元の中学校の校長夫人が白いハンカチを取り出した。

「あらあら、めでたい席で花嫁さんがあまり泣くと、せっかくのお化粧が・・・」

仲人夫人は、そのハンカチを志乃の眼にそっと当てた。

                   *

 志乃が嫁いだ翌年も、鹿島から女たちが田植えの出稼ぎにやってきた。女たちが毎年出稼ぎに行く農家は決まっていた。女たちは、志乃が嫁入りしたことを自分のことのように喜び、祝福してくれた。

「志乃さん。おめでとう。よかったね。私たちも嬉しい。これからもよろしくね」

女たちの中には、大きな農家の嫁に入った志乃をうらやましく思う者もいたが、それよりも自分の暮らしを立てることの方が先決だった。女たちの中には結婚して、子どもが手がかからなくなって出稼ぎに来ているものもいて、志乃の立場は誰もが理解していた。

志乃は妊娠していた。出産は翌年の早春の予定だった。安定期に入ってはいたが、無理はできなかった。しかし、出稼ぎの女たちの世話をするのは一家の主婦の仕事だった。姑の奈津は嫁の体を気遣って、志乃には食事の準備など軽作業をさせ、自分は田んぼに出て、田植えを女たちと一緒にこなした。やや歳をとったとはいえ、田植えは何十年もやってきた馴れた仕事だった。それでも夕方には流石に腰が伸びないほど疲れた。田んぼから上がってきた女たちに、志乃が声をかけた。

「皆さん、ご苦労様でした。お風呂が沸いていますから、姐さんから順に入って、疲れをとってください。夕御飯の用意も出来ていますよ」歳かさの女が応えた。

「志乃さん。ありがとうよ。体の具合はどうだい。順調かい?」

「姐さん。ありがとうございます。はい、おかげ様で順調です」

「そりゃ何よりだね。元気な跡継ぎを産んでおくれ。出産は農家の嫁の大事な仕事だからなあ」

 その年の田植えも予定どおり四日ほどで終わった。鹿島からの出稼ぎ女たちは、稲敷郡の田植えが終わると筑波山麓の筑波郡の農家の田植え作業に雇われていくのが恒例だった。筑波郡の田植えはやや遅れて行われた。それは水郷地帯の稲敷郡と違い、筑波郡は灌漑用水の確保に苦労するからだった。筑波山から流れ出る男女の川や桜川の水を上流で堰き止めて田んぼに供給するのだが、雨が少ない空梅雨の年は川の水位が下がり、水が全体の田んぼに行き渡るのに日にちがかかり、昔は、上流と下流で水を取り合う水争いもあった。

                   *

「おばあちゃん。どう? もっと懐かしい写真はあったかなあ?」

 志乃は、毬子の声で我に返った。

「ああ、昔を思い出してボーとしてたよ。夕御飯の準備、済んだかい」

「うん。掃除も済んだし、後はお母さんたちが帰ってくるのを待つだけよ」

「そうかい、ご苦労さん。この昔の写真だけどね。よくこんな古い写真を残しておいてくれたものだね。写真を撮って、大事に残してくれた鴻野さんに感謝だね」

「本当にそうね」

「昔は、この写真の通りだったよ。女たちの普段着は紺絣の着物にモンペ。頭には姐さんかぶりの手拭。田んぼまでは、江間をさっぱ舟で行き来したんだ。稲刈りの時に台風で田んぼが水に浸かると、稲はすぐ芽を出してしまうから、田舟に乗って、急いで水稲刈りをしたもんだ」

「ここに写ってる子どもたちの表情がいいね」

「あの頃の子どもたちは少し大きくなれば、皆農家の手伝いをしたもんだ。田植えの苗を運んだり、鶏に餌をやったり、子守をしたり」

「子守って?」

「あの頃は子どもが多かった。親は仕事や家事で手が離せないから、上の子どもが小さい子どもの面倒をみたんだよ。子どもが水に落ちて溺れることがあったからね。農作業で忙しい親の替わりに、女の子がまだ小さい弟や妹を背負ってあやしていたもんだよ。毬ちゃんのお父さんも遊んでばかりの元気がいい子どもだった。勉強なんか、ちっともしなかった。学校から帰ると、ランドセルを放り出して、近所の子どもを引き連れて、近くの川や沼で魚とりだ。ガキ大将だったからねえ。ガキ大将は年下の子を見守る役目があったんだ。水辺は危ない場所もあるから、毎日夕方にちゃんと家に帰ってくるか、心配したもんだ。

 ある年の秋の夕方だったねえ。稔夫が暗くなっても帰ってこないもんだから、皆心配して心あたりを探しまわった。それでも見つからない。こりゃ大変だ。駐在さんに届けて、消防団に出てもらおうかと相談してるところへ、ひょっこり帰ってきた。仲がいい友達の家で夕御飯をごちそうになっていたんだなあ。まだ電話が来ていない時代だから連絡しようもなかったんだよ」

「お父さんって、おばあちゃんに心配かける、いたずらっ子だったんだね」

 そんな話をしていると、稔夫が農協の理事会から軽トラックで帰ってきた。

「いやあ、今日は蒸し暑い日だった。そろそろ梅雨明けだっぺ。農協の会議室はエアコンが効いてるが、その後の田んぼの見回りがたいへんだ。でも今のところ病害虫の発生もないし、これで梅雨が明けたら稲はすくすく伸びるぞ。そうしたら今年も豊作だ。あははは」

 稔夫は、上機嫌でタオルで汗を拭きながら居間に入ってきた。

「おや、お袋に毬子もいたか。お袋、ゆっくりテレビでも見てればいいんだ。若い頃は苦労したんだから。おお、鴻野さんの写真集か。いい写真が収められているよな」

毬子が驚いた。

「お父さん。この写真集、知ってるの?」

「あたり前だっぺ。農協の理事長室の本棚に備えてあるぞ。水郷の農業を記録した貴重な写真集だ。俺たちは理事長室へいく度に時々手にとって眺めている。ところで、この写真集、どうしたんだ?」

「あたしが図書館から借りてきたの」

「そうか、懐かしい写真ばっかりだ。昔の人は辛い農作業を経験してんだよ。お袋によく見てもらうといいな。ところで汗だくだから、夕飯前にシャワー浴びるかな」稔夫はそう言って、浴室に向かった。軽自動車が家の庭の駐車場に入ってきた音がした。

「ただいま。戻りました」

毬子の母の芳恵が、息子の翔太が通う高校のPTA役員会から帰ってきた。家に上がるとすぐ台所に入った。

「毬子が米を研いでくれたのね。じゃ、炊飯器のスイッチを入れましょう。買い物も済んでるのよね。すぐ夕御飯を作りますからね」

 そうしているうちに、翔太も野球部の練習から自転車で戻ってきた。高校野球の地区予選が間もなく始まる。翔太が通う高校の野球部は強豪校ではなかったが、翔太たち三年生は最後のチャンスなので、練習に熱が入っていた。

「あー。腹減った。むちゃくちゃ汗かいたから、シャワー浴びてくる」

 毬子が「今、お父さんがシャワー使ってるから、ちょっと待って」と言うと、

「ああ、それじゃ、ジュース飲もうっと」

 翔太は台所で冷蔵庫を開けて、ペットボトルからオレンジジュースをガラスコップに注いだ。家族全員が揃い、団欒の夕御飯が始まるところだった。しかし、そこには志乃の連れ合いの丈太郎の姿は無かった。志乃は、この家に嫁に来た翌々年の、田の草取りの頃を思い出していた。

                    *

               

 月満ちて、稔夫がその年の三月に生まれた。乳飲み子を抱えて、農家の家事は大変だった。田植えに備えて苗代の準備、牛の世話、家族の食事の支度、家族の衣類の洗濯・・・。丈太郎と義父、義母を支えて、教わりながら、農家の仕事は何でもやった。その年も鹿島から出稼ぎの女たちを雇い入れたので、同郷だけに、気持ちよく作業してもらうために、気苦労も多かった。

 田植えが終わり、苗が定着すると、稲は勢いよく成長する。同時に雑草も勢いを増す。せっかく撒いた高価な肥料が雑草に吸収されては困るし、雑草が稲より早く成長して日光を遮るようになってはたいへんだ。農家では六月から七月にかけて、二回除草作業をする。草取りは田植えのように一斉にやるのではなく、家事の合間を縫うようにして時間が取れた時にやるものだが、のんびりしていると田んぼはたちまち雑草だらけになる。除草剤がない頃だった。志乃は丈太郎や舅、姑らと毎日のように田んぼに出て、田の草取りをした。

稔夫が生まれて三ヶ月だった。二時間おきに授乳した。おしめも交換した。志乃は赤ん坊の稔夫を田んぼに連れていき、作業している間は、水塚の高くなっているところに、篭に入れた稔夫を置いて作業した。水塚は洪水の時にも水が被らないように土を少し高く盛った場所で、水神様の小さな祠が設置してあった。農家の人々が憩う場所でもあり、湿地に強い榎や合歓の木が植えてあり、日陰を作っていた。

 六月の末から七月にかけて、合歓の花が盛りだった。志乃は授乳の時間が来るとボッチ笠と手拭を取って、水塚の篭に入れた稔夫を抱き上げ、薄紅色の花笠のような合歓の木陰で胸を開けて授乳した。おなかを空かせた赤ん坊はぐずっていたが、母の乳房に触れると、乳首に吸いついて力強く乳を飲んだ。志乃にとって、貯まった母乳で張っていた乳房が弛み、くすぐったい快感と赤ん坊が順調に育ってくれている安堵感で、この上ない至福の時間だった。少し離れた田んぼでは、夫の丈太郎たちが手を休めることなく、草取りの作業を続けていた。涼風が水田の方から水塚の上を吹き渡って汗ばんだ体を冷やした。

 母乳の甘いにおいと、安心して母親を見つめる赤ん坊のつぶらな瞳が、志乃に母親になった幸福を感じさせた。この時間が永遠に続けばよいのにとさえ思った。

 左右の乳房を授乳させると、稔夫が空腹を満足させたらしく、吸いついていた乳首を離した。志乃は慣れたしぐさで赤ん坊にゲップをさせ、首がまだ据わらない赤ん坊の頭を支えながら下におろし、おしめを替えた。母子の上に合歓の花の雄蕊の柔らかい小さな房が花期を終えて、音もなく次々と散って落ちてきた。田んぼの方から丈太郎の声が聞こえた。

「そろそろ、小昼飯(こじゅはん)にすっぺ」

                    *

その夜、母屋の隣に建てた離れの若夫婦部屋で、志乃と丈太郎は卓袱台を囲んでお茶を飲みながら言葉を交した。

「志乃。稔夫もすくすく健康に育って安心だな。これも志乃が気配りして育ててくれているおかげだなあ」

「丈さんがしっかり働いて見守ってくれているので、私も安心して稔夫を育てられます。感謝するのは私の方です」

「ありがとう。俺たち、一緒になってよかった。本当にそう思う。志乃、今は農作業がまだ大変だけど、だんだん楽になるぞ」

「そうなんですか」

「今の田んぼは湿田で、足がぬかって大変だ。ズブズブっと、腰まで浸かってしまう田んぼもあっぺ。農作業の効率が悪い。田んぼに行くにも、さっぱ舟で行く。秋の台風で田んぼが水に浸かれば、稲穂が発芽する前に、すぐ田舟を出して水稲(みずいね)刈りだっぺ」

「三年前の台風の時は、本当に泣きたいくらいでした」

「それが昔からの水郷農業だけど、これからは変わるぞ。霞ヶ浦に堤防が建設されれば水害の心配がなくなる。そうなれば、湿田の水を承水路で集めてポンプで霞ヶ浦にどんどん汲み出すんだ。土地はだんだん乾いてくるっぺ。田んぼに暗渠を埋めて、さらに排水を良くする。そうすると耕運機、田植え機、稲刈り機、さらに脱穀も同時にやってくれる大型の収穫機も田んぼに入れることができる。機械化農業だっぺな。田んぼの用水だって、足踏式の水車で江間や川から揚水しなくても、ポンプ場で汲み上げた霞ヶ浦の水をパイプで通水して、バルブを捻ればいつでも水が田んぼに行き渡る。江間は必要なくなるから、埋め立てて農道になり、農作業用の軽トラックが走るようになるんだ。どうだ、すばらしいだろう?」

 志乃は信じられない思いで聴いた。

「空梅雨で水位が下がって、水車を足で踏んで水を揚げるのはたいへんですよね。ボッチ笠を被っていても日焼けするし。夕方には足が棒のようになるし。ポンプで水を揚げるようになれば、夢みたいな話ですね」

「その夢が遠からず実現するんだ。親父たちが時々土地改良区の寄り合いに行ってっぺ。昭和二十四年に土地改良法が成立して、耕作条件が悪い水郷の湿田が対象になって、国から補助金が出るんだ。もちろん、受益者として農家の負担分もあるけどやむを得ないな。土地改良の恩恵を直接受けるのは農家なんだから」

「法律とか補助金とか、難しい話はよく分りません」

「難しくはなかっぺよ。これからは女も毎日、新聞を読んだり、いろいろな場所に出て勉強すれば分るようになる。これから稲敷郡はだんだん豊かになるぞ。水田農業が進歩して収穫が安定し、農作業が楽になれば、余った労働力を別の仕事にまわせる。たとえば近くにできる工業団地に勤めることもできるようになる。農家はだんだん豊かになるんだ。親父たちは、農協、土地改良区、役場の産業課と協力して、地元選出の国会議員の紹介で、県や国に陳情してる。すぐにとはいかないが、だんだん良くなるのは確実だっぺ。東京オリンピックが決まって、東京では高速道路とか地下鉄工事がすごい勢いで進んでる。経済が発展して都会の暮らしは豊かになってる。地方がいつまでも遅れていていいわけがない」

 志乃は、これからの暮らしの見通しを語る丈太郎を頼もしく思った。この人に付いていけば間違いないと確信できた。

「そうなれば暮らしが楽になるんですねえ」

「そうだ。だから、もう少しがんばっぺよ」

「丈さん・・・」

 志乃は体を丈太郎に寄せた。若い二人は次第に高揚していくのだった。

                 *

「あー、さっぱりした」

シャワーを浴び、バスタオルを腰に巻きつけて、浴室から出てきた稔夫の声を聞いて志乃は我に返った。そうだ、あの赤ん坊が今はこんなお腹が出た中年親父になっている。志乃は一人で可笑しくなった。本当に随分時間が経ったものだ。

「ビールを飲むと、もっとさっぱりするんだがなあ。ビール飲んでいいかなあ?」

芳恵が言った。

「どうぞ。でも飲みすぎないでね。検診の結果では尿酸が高いんでしょ」

「それを言われると痛いなあ。でも缶ビール一本なら構わないよなあ」

 そう言い訳して稔夫は、自分で冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出し、プルタブを引いて『プシュー』と開けると、立ったまま、腰に手を当てて飲み始めた。

「うー旨い。これからの季節、冷えたビールは最高だな」

毬子が言った。「お父さん。ダイニングの椅子に座って飲んだら?」

「そうだな。何かつまみないかな。冷奴でいいぞ。鰹節をたっぷりかけてな。おろし生姜か刻みネギを、ちょっとつけてくれると、もっといいぞ」

「はい。あたしが用意します」

「お、すまんな。気が利く娘を持って、おれは幸せだっぺよ。あっははは」

 稔夫はますます上機嫌だった。

 御飯が炊き上がり、ダイニングキッチンで、家族全員が揃った夕食が始まった。志乃も孫たちの間の席に座った。夕食の献立は、豚肉のしゃぶしゃぶだった。

 毬子が豚肉を鍋に入れ、良く煮えたころを見はからって、志乃の皿に取った。

「この肉、しゃぶしゃぶ用に薄く切ってあるから、おばあちゃんも大丈夫じゃないかしら。もし、食べにくかったら、包丁を入れて、もっと小さくしてくるよ。どう、おばあちゃん?」

「ありがとうよ。大丈夫だよ。やっぱり肉はおいしいね」

 稔夫が言った。

「歳をとったら、動物性蛋白質をしっかり摂ることが大事だそうだ。このあいだテレビの健康番組で言ってたな。でも昔は、豚肉は高かったから、めったに食べられなかった。この水郷地方は、かわりに魚から蛋白質を摂ったわけだ。ワカサギの佃煮は、カルシウムもよく摂れるから骨が丈夫になる」

 すかさず毬子が父親の胴周りをちらと見た。

「お父さん、ビールの飲み過ぎじゃない? ほら、野菜も食べないと。はい、取ってあげる」

 毬子は父親の取り皿に水菜を取って差し出した。

「ありがとう。毬子はいい世話女房になるな。だれかいい人いないのか?」

「今はそれどころじゃないよ。図書館の仕事はやり甲斐があって、面白いよ。子どもたちに読書指導したり、読み聞かせをしてあげたり。あ、そうそう、今日、図書館から借りてきた写真集のことだけど、先ずおばあちゃんに見てもらったら、とても懐かしそうに見入ってたの。稲敷の歴史が記録されてる感じね。翔太も見るといいよ」

「昔のことなんか、あまり興味ないなあ。部活で精一杯だよ。卒業後の進路も考えなくちゃならないし。過去より、今でしょ」

 その言葉を聞いて、稔夫が珍しく真面目な顔になった。

「翔太。それは違うぞ。過去の歴史の上に、今があるんだ。地域社会を作ってきたご先祖様の苦労の上に現在の生活があるんだぞ。農業もそうだっぺ。いきなり今の米作りのやり方になったわけじゃない。昔の水郷農業は本当に大変だったんだ。そのことをこの写真集を見たり、ばあちゃんから話を聞いたりして勉強するんだぞ」

 毬子が拍手して言った。

「お父さん。だてに農協の理事をやってるわけじゃないんだね」

 娘から、からかわれて、稔夫は相好を崩して嬉しそうに言った。

「うむ。こういう時こそ、父親の面目を立てないとな。翔太。わかったか?」

「ああ、あとでその写真集、見てみるよ。おばあちゃんの話は時々聞いてるし」

 志乃は翔太に目配せして言った。

「翔太のお父ちゃんは、子どもの頃、さっぱり勉強しなくて遊んでばかりだった。それが今では、こんなに立派なことが言えるようになったんだから。翔太も心配ないよ」

 稔夫は頭を掻いた。芳恵が笑いながら言った。「さあ、どんどんお替わりしてね。御飯はたくさんあるから」

「昔は水害が多くて、安定して米が穫れなかった。田んぼは腰まで泥に浸かるような湿田だった。この辺りではドブッ田とか汐入田と言ったなあ。随分、時代が変わったもんだ」

 稔夫はあらためて遠くを見るような眼をした。

                   *

 その晩、志乃は夢を見た。昼間、あの写真集を見て、蘇った昔の記憶が夢に現われた。

 家に田植え機が来た頃には、舅、姑はすでに他界していた。丈太郎が田んぼの中で、新しく導入した最新式の田植機の前に立っていた。グレーの作業着を着て、農協の帽子を被っていた。水田は土地改良が終わり、一枚の田んぼが規則的な矩形で広がっていた。丈太郎の顔は誇らしげだった。田植機は高価で、結いの仲間と年賦を組み、農協からも融資を受け、ようやく手に入れたものだった。田んぼの中には、早苗がきれいに植えられていた。

「この田植え機はすばらしいなあ。あっという間に田植えが終わったよ。施肥も同時に出来る優れものだ」

傍にいた志乃が言った。

「丈さん。思い切って田植機、買って良かったな。何より、腰を曲げて手で田植えしなくてもいいんだなあ。さびしいような気もするけど、これで良かったよ。年賦はあるけどよ。結いの仲間の近所、親戚で、皆で使えばいいべよ」

「女たちの田植えはたいへんだったからなあ。これこそ進歩というものだよ」

 丈太郎は、頷きながら自分に言いきかせるように言った。

秋には、まず二条刈りの稲刈り機が導入された。刈り取った稲は自動的に束ねられ、細い糸で結わえられて、脇に置かれる仕組みだった。手刈りよりずっと早かった。しかし、広い田んぼでは二条刈りでは追いつかなかった。数年後には、四条刈りで脱穀も同時に行うコンバインを購入した。割り当てられる年賦の支払いは相当額だったが、水害が皆無になったことで米の生産が安定し、なんとか毎年収穫後に支払えた。

 農作業が軽減され、丈太郎は進出してきた工業団地の家電部品工場で農閑期の季節雇いに採用された。地元の土地改良区の理事も勤めることになった。それまで純朴な農夫だった丈太郎は、時代の変化に遅れないように、家族や地域社会のために懸命に働いた。毎日疲れぎみでストレスも溜まり、煙草と酒の量が増えた。

 丈太郎が五十代後半に入ったころ、長年の過労がたたってか、突然、くも膜下出血で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。志乃はまだ五十代前半。長男の稔夫は、県内の大学を出て、父と同じ会社の正社員に採用されたばかりだった。

 丈太郎亡き後、志乃だけでは広い田んぼを耕作できない。稔夫はやむを得ず、会社の正社員を辞め、父と同じ季節雇いになり、稲作農業を主体として生計を立てることにした。

 翌年、稔夫はようやく田植機やコンバインの操作に慣れ、一年間の稲作の農事暦を体験して少し自信がついてきた。数年後の秋、収穫が終わった田んぼで、青空の下、土地改良竣工記念碑の除幕式が町長、農協理事長、土地改良区理事長らが出席して行われた。神主が祝詞を上げ、出席者が玉ぐしを捧げた。稔夫も父に代わる若手理事として参列した。黒御影石を磨いた大きく立派な石碑には、功績があった関係者の名前が刻まれていたが、義父の塚本正、夫の塚本丈太郎、そして息子の塚本稔夫の名前もそこにあった。こうして、苦労が多かった水郷農業の近代化が成し遂げられたのだった。志乃たち農家の婦人たちも、男性の理事の後ろに参列していた。

―あそこに、私もいる。懐かしい―

志乃は、夢かうつつか分らないまま、涙が頬を濡らしていた。

夜が白みかけていた。志乃は目覚めた。夢の中で久し振りに丈太郎に会えた気がして、心が和んだ。布団をそっと抜け出し、仏間の仏壇の前に進み、まだ寝ている家族に配慮して御鈴は鳴らさず、義父、義母、丈太郎の遺影の前で手を合わせ、心の中で呟いた。

―鹿島から稲敷に嫁いで来て、幸せでしたよ。嫁に来た頃は、自分だけ幸せになって、実家の家族や出稼ぎの仲間に申し訳ないと思うこともありました。でも、その後、鹿島もコンビナートになって勤め先も増え、お金も入るようになった。鹿島もだんだん豊かになった。実家も建て直した。移住する人が多くなって、人口が増えた。昔の鹿島地域の面影はないけれど・・・。

丈さんが早死にしてしまった時が一番つらかった。これも運命・・・。稔夫が頑張ってくれて、孫も元気に育って、私も長生きさせてもらっています。いっしょに稲敷に田植えの出稼ぎに来た鹿島の女たちも、皆、歳をとっただろうに。それぞれ、元気に幸せに暮らしていればいいけれど・・・。あの時の仲間の中には、鹿島の製鉄所の社員に嫁いだ人もいた。東京に出た人はどうしてるかなあ。利根川の対岸の銚子の漁師の嫁になった人は元気かなあ。皆、それぞれ苦労した。私たちは、それぞれの道や場所で頑張るしかなかった。嫁ぎ先で頑張るしかなかった。それが鹿島女の運命かなあ。私は幸せな方だ。ありがたい―

 志乃は窓を開けて、まだ太陽が昇らない早暁の景色を眺めた。志乃が毎日草むしりをする、、手入れが良い坪庭の向こうに、緑一面の水田が広がっていた。その先には霞ヶ浦があるが、高い堤防に囲まれて、湖面は見えなかった。朝靄の中で、湿気を含んだ大気が水郷の面影を残していた。

         

                  了

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