この冬、霞ヶ浦地方では雨がほとんど降らなかった。一月から三月の約三ケ月間、乾燥した日が続いた。長年勤めた地方銀行を十年前に定年退職し、さらに取引先の関連会社の経理を五年間担当してようやく完全に退職して、年金暮らしとなった池辺栄二にとって、雨が降らないことは全く気にならなかった。冬に雨が降らず、乾燥した気候が続くことは毎年のことだった。
季節が移って四月中旬に入り、猫の額ほどの庭に植えた春咲きの薔薇が咲き出すころに、雨が少し降った。土浦市の住宅街にある自宅の縁側からガラス戸越しに、妻の康子と二人で雨に濡れた早咲きのバラを眺めた。数日するとまた、まとまった雨が降った。
五月二日、春先の低気圧が発達して関東地方南岸を通過して雷雨となり、一晩で五十ミリメートル程度の雨が降った。テレビの天気概況では、雨になることを予報していたが、年金暮らしの英二にとって、毎日が日曜日のようなもので、銀行員時代のように今日、明日の天気が気になることはなかった。
次の五月三日の祝日、朝早く目覚めた英二は、まだ薄暗い内に玄関のドアを開けて、郵便受けに配達された新聞を取りに外へ出た。雨は上がっていたが、冷気が残っていた。英二は新聞を取ると、ドアを閉めて屋内に戻った。すっかり眠気が醒めてしまった英二はガウンを羽織り、居間のソファに座って新聞を読み始めた。いつもの習慣でテレビ番組欄、社会欄から地方欄の見出しを眺めた。ゴールデンウィークの観光案内やグルメ記事、天候などだった。英二はそれらに関心を示すことなく、趣味欄やスポーツ欄に視線を移した。スポーツ欄では、地元出身大相撲力士の五月場所での活躍の期待、プロ野球の試合結果などが載っていた。特に野球欄は、英二が銀行員時代、草野球チームに所属していたので、ひととおり目を通した。若い時に、ランニングホームランを打ってダイヤモンドを駆け回り、内野手としてゴロを軽快にさばいて、アウトにした時の快感を思い出した。今は、頭が野球の記憶を辛うじて覚えているものの、体の方はすっかり弱ってしまっていることが悔しかった。
経済欄や政治欄のページは見出しだけを読み飛ばした。結局、この朝も、新聞記事に心を動かされることなく、テーブルの上に畳んでおいた。近頃の新聞は読みごたえのある記事が少ないと思った。同時に、自分が老境に入ってしまい、世の中の動きに関心が無くなってしまったような気がした。それに老眼が進んで、老眼鏡をかけても小さい字を読むことがつらくなってきた。これでは、購読している意味がないから、来月から新聞をやめることも一瞬考えた。
しかし、妻が熱心な読者であることを思い出した。康子は、英二より三歳年下で、家庭欄、社会欄、文芸欄が好きで、朝食後、NHKの朝ドラを見た後、小一時間もかけて新聞を丁寧に読むのだった。近所の奥さんたちと世間話をする時、話題についていけるように新聞を読むのだと英二に言っていた。
新聞の購読をやめて妻の楽しみを奪うことなど、英二には考えられなかった。妻の機嫌を損ねてしまったらたいへんだ。これから、老化が少しずつ進めば、妻の手助けなしに生きていくことは、考えるだけで恐ろしいことだった。
そんなことを考えていると、カーテンの外が少し明るくなってきた。英二は思い切ってカーテンを開けてみた。覆っていた雲が薄くなったように思った。
後ろで寝室のドアが開く気配がすると同時に、康子の声が聞こえた。
「おはよう。今日の天気はどう?」
「ああ、おはよう。雨が上がったようだ。だんだん明るくなってるよ」
康子は、まだ梳かしていない髪の毛を指でかきあげながら、パジャマ姿であくびをした。
「夜、雨の音がしていたから、熟睡できなかったみたい。あなたは?」
「ああ、俺もだ。でも、もう冷たい雨じゃない。夏が近いなあ。冬は雨が少なかったから、これで草木も一気に成長して、躑躅や藤が咲くなあ」
「そうね。いくつになっても五月はいいものね」
康子はそう言いながら、洗面所へ向かった。
バターとブルーベリージャムを塗ったトースト、ハムと野菜サラダ、ヨーグルト、コーヒーで朝食を摂った。朝食を作るのは康子の役目だった。
「さっき、ガラス窓をちょっと開けたら、空気が湿っていて気持ちがよかったの。それで一句、浮かんだの」
康子は近くの公民館の俳句教室を受講していた。
「ほう、どんな句?」
「桜散り、藤の花房、伸ばす雨、という句よ」
「なるほど、気持ちがよく表現されてるね。でも平凡じゃないかな」
「今朝の雨を素直に詠んでみたのよ。季節感があるでしょ」
「確かに。でも、もう少し工夫を凝らした方がいいね」
「例えば、どんな工夫?」
「うーん。そう言われると難しいね」
「でしょう。俳句を詠むのと、批評するのは違うのよ。今度、俳句教室で、講師の先生に手直しして頂くことにしようかな。俳優の草刈正雄みたいなイケメンのロマンスグレーの素敵な先生なの」
草刈正雄似のイケメンの俳句の先生と聞いて、英二は気になった。
「ふーん。昔は二枚目とか男前、ハンサムなどと言ったもんだがな」
「言葉は生きているんだから、いろいろ表現が変わるのよ。あなたは、イケメンの意味、わかるの?」
「かっこいい顔の男のことだろう。顔を面というからなあ」
「惜しいわね。イケメンという言い方は、女性雑誌の『いけてるメンズ』特集から始まったんだって。メンはマンの複数形で男たちのことでしょう」
「ほー。そうなんだ」
「勉強になったでしょ」
「そうだね。でも男たちならメンでいいんじゃないの。なんでメンズなんだ?」
「たぶん、メンズ・ファッションからかな」
「なるほど」
そこで夫婦の会話は途切れた。
しかし、英二にとって、久しぶりに妻と話が弾んで、気持ちが和むのを感じた。
夫婦は、ゆっくりと朝食を済ませた。
食器を台所に運び、洗うのは英二の役目だった。
NHKテレビの朝ドラの時間になった。習慣でテレビの朝ドラを夫婦で見た。康子はヒロインに感情移入し、時々笑いながら、リラックスしてドラマを見た。
英二は、銀行員時代は、この時間は出勤時なので、朝ドラをゆっくり見たことはなかったが、今は妻と一緒に朝ドラを見る時間を大事にしていた。
四月に朝ドラの新シリーズが始まり、毎朝欠かさず観ないと、ストーリーの展開が呑み込めないのだった。ドラマを見て、満足した康子はいつものように老眼鏡をかけ、新聞を読み始めた。
英二は、日課にしている愛犬との散歩ができるか、もう一度天気を確かめた。窓のガラス戸を開けると、生ぬるいような湿った大気が進入してきた。空が明るくなり、雨は完全に上がっていた。英二は花粉症だった。毎年、春の季節は、外から帰ってくると、眼が痒くなり、くしゃみを連発した。鼻水もひどく、ティッシュペーパーを離せなくなるのだった。しかし、この朝は昨夜来の雨で、花粉は少ないはずだ。それにそろそろスギ花粉の季節は終わろうとしていた。
「そうだ、散歩の前に、タロウにドッグフードと牛乳をやらなければ」
一人ごとをつぶやきながら、英二はドッグフードの袋とパックの牛乳と容器のボウルを抱え、玄関から出て、犬小屋に向かった。茶色の柴犬のタロウは犬小屋から出て、尾をしきりに振った。
「タロウ、お早う。雨が強かったな。寒くなかったか?」
タロウは、クーンと応え、ボウルに入れられた牛乳に浸されたドッグフードを頬張った。
「お前は花粉症がなくていいなあ。それとも犬にも花粉症があるのかなあ」
英二はつぶやきながら、タロウの食事を、眼を細めて見守った。
タロウは今年で十二歳になる老犬だった。英二が会社を定年退職した年に、街中のペットショップで出会ったオスだった。それ以来、英二の散歩のお友になった。
英二は、玄関から、居間で新聞を読んでいる妻に声をかけた。
「おーい。散歩に行ってくるよ」
「はーい。気をつけてね」
英二は、タロウの首輪にリードをつけて、その端を手首にかけた。英二とタロウの散歩コースは複数あったが、今朝は、つくば・霞ヶ浦リンリンロードを歩いてみようと思った。この道は、かつて地域の人々や筑波山の観光客に親しまれた筑波線という一輌編成の私鉄線だったが、廃線後にサイクリングロードになっていた。平日はサイクリングする人は少なく、近隣住民の安全な散歩コースになっていた。しかし、この日は祝日で、サイクリストが次々に、英二とタロウを追い越していった。なかには、かなりのスピードが出ているにもかかわらず、減速せずに通過するので、危険を感じることもあった。
この自転車道路は、廃線後に桜が植樹され、並木になっていた。今年咲いた桜の花弁がまだ路面に残っていた。英二は、タロウとゆっくり歩いた。時折、顔見知りと出会い、「お早うございます」と声をかけた。
タロウが桜の木の根元で腰を落とし、排便を始めた。英二は目を細めて見守った。タロウは排便を終えると後ろ足で土を蹴って、糞を隠すしぐさをした。英二は持参の小さなスコップで糞をすくうと、ビニール袋に入れた。犬も飼い主も、慣れた動作だった。
リンリンロードの土手には、ノビルが青々と葉を伸ばしていた。一か月ほど前のまだ寒い時期にはノビルの葉はまだ短かったが、眼を見張るような変化だった。英二が子どもの頃、ウカンポと呼んでいたスイバも茎を伸ばして、花をつけていた。
英二はスイバの茎を手折って、口に入れて噛んでみた。特有の酸っぱい、懐かしい味がした。明るい光の中で路傍のオオイヌノフグリやホトケノザは、花が終わりかけていた。
野草を眺めながら、雨上がりの暖かい湿った空気を吸い込むのは気持ちが良かった。
旧筑波線の周囲は湿地が多く、ハス田や水田が作られていた。水田では田起こしが終わり、畔が塗られて水が張られ、田植えの準備が進んでいた。休耕田では、アシ、ガマの枯れ茎が林立しているところもあった。渡って来て間もないヨシキリが賑やかに鳴いていた。遠くに筑波の双峰が眺められた。茨城県南の人々にとって、見慣れたふるさとの風景だった。
ハス田は昨夜来の雨で、かなり湛水していた。ハス田の水は溢れ出て、水路を経て、リンリンロード沿いの新川に注いでいた。新川の水は普段よりかなり増水し、流れに勢いがあった。この小さな川は、霞ヶ浦に繋がっていた。新川の中下流部の両岸は矢板で護岸されているが、上流近くになると流れが細く、土の土手が多くなり、夏には、アシやマコモなどの水生植物が勢いよく茎や葉を伸ばすのだが、この季節では、新芽が伸び出していた。
英二にとって、リンリンロード沿いの春の風景は十年来、毎年見慣れていたが、みずみずしい春の風情はやはり気持ちがよかった。タロウは、英二の歩調に合わせて歩いたが、時おり立ち止まっては、土や草の臭いを嗅いだり、桜の木の幹に放尿したりした。英二はその度に立ち止まり、愛犬のしぐさを見守った。
英二とタロウは、ゆっくりと歩いた。自宅から一キロメートルほど歩くと、新川につながる水田近くの水路で、バシャという水音が聞こえた。英二が音の方向に視線を移すと、水田の雑草が新芽を伸ばしつつある場所で、数十匹の黒っぽい魚が群れていた。三十センチメートルほどの黒っぽい魚だった。英二は一目見て、魚がフナであることは、すぐわかった。
英二は急に昔を思い出した。
*
子どもの頃、隣の稲敷郡阿見町の霞ヶ浦近くの集落にある実家で育った。父親は学校の教員だったが、祖父の家は農家だった。祖父がまだ元気な頃、小学生だった英二は祖父の玄蔵と一緒に近くの田圃の見回りに行ったことがあった。田圃は霞ヶ浦の近くにあり、水路は霞ヶ浦に繋がっていた。
田圃の畔は一冬越すとモグラに穴を開けられ、田圃の水が漏れてしまうのだった。その穴を早く見つけ、田植え前に畔に泥を塗って補修しておかなければならない。小学生の英二にとって、祖父に同行して、田圃や水路など霞ヶ浦の傍の自然を観察し、祖父にいろいろと教えてもらうことが楽しみだった。
その日、英二は祖父とともに、夥しいフナの群れを見たのだった。フナの群れは、数百匹もいた。浅い水路でフナたちは背中を見せながら、上流へ遡るのだった。上流では草が生え、水が張られた水田へとつながる場所もあった。そこでは、フナたちは水田まで入り込み、背中を見せて泳ぎまわっていた。
玄蔵は眼を細めてその光景を眺め、英二の方を振り向いて言った。
「英二、よく見ておけ。のっこみだ。霞ヶ浦からフナが卵を産みに川に上がってきたんだ。夕べ、春の雨がだいぶ降ったから、魚たちはそれが分るんだっぺ」
「すごいね。おじいちゃん。フナ、つかまえようよ。ほら、向こうでフナを取っている人がいるよ」
隣の田圃では、近所の人が集まって、フナを取っていた。
「よし、じゃ家に戻って、タモを取ってくるべ」
英二と祖父は急いで、家に帰り、納屋からタモ網とバケツを出して、また田圃に戻った。祖父と英二は水田や水路で、泥だらけになりながら、大きなフナをバケツいっぱい取った。玄蔵が上気した笑顔で言った。
「英二、大漁だったなあ」
「うん、すごいね。おじいちゃん」
「今晩のおかずはフナの甘露煮だな。じいちゃんが作ってやっから、食べてみろ」
「ワーイ、おじいちゃん。早く食べたい」
玄蔵と英二は大きな十数匹のフナが入った重いバケツを二人で持って、家に戻った。
祖母の奈穂が二人を見て笑顔で言った。
「おやおや、フナだね。今年も、のっこみの季節だね」
「ああ。フナの甘露煮を作るぞ」
「じいちゃんが作るフナの甘露煮は旨いぞ。英二」
祖母は英二にやさしい笑顔を向けて言った。
玄蔵の家は旧家だった。土間にかまどがあった。玄蔵は薪を入れて火をつけた。炎が大きくなり、薪が赤く燃えると煙は上がらなくなった。かまどに金網をかけ、フナを載せて、軽く焦げ目がつくまで焼いた。
「煙が出ているうちは、フナに煙の臭いが移ってしまうからだめだ。眼を離してもだめだぞ。焼きすぎると、フナは黒く焦げて炭になって、旨くない。軽く焼いて、身を締めるんだ」
フナが焼きブナになると、玄蔵は、次ぎに大きな鉄鍋をかけ、焼きあがったフナを入れた。フナは身が崩れないように弱火で長時間じくじくと煮られた。醤油、味醂、砂糖、水飴、日本酒で味付けした。甘辛い匂いが漂った。
夕食で、玄蔵が作ったフナの甘露煮が食卓に出された。英二の父の貞夫が晩酌の日本酒のコップを片手に言った。
「父さんのフナの甘露煮は最高だからな。どれ一匹いただきます」
貞夫は大きなフナの身を箸でほぐして口に入れた。身は口の中でほぐれて、甘辛い、なんともいえない旨味が口の中にひろがった。英二の母の節子、兄の昭雄も箸を伸ばして、フナの身をほぐし、幸せそうに味わった。英二も自分の皿に盛られた大きなフナの身に箸を入れた。フナの大きな腹から卵がこぼれ出た。
「あ、卵だよ。いっぱい詰まってる。食べてみよう。あー、旨い」
「卵は栄養があるから全部食べなさい。霞ヶ浦の恵みだから、感謝して食べなさいよ」
祖母が孫にやさしく言った。
*
英二はそこまで思い出して我に帰った。子どものころの懐かしい思い出だった。あれから六十年も経ってしまったけれど、昨日のことのように鮮明に思い出せた。今は祖父母も父母も他界した。兄が教員になって実家を継いだが、今は退職して、悠々自適の毎日だ。
英二はフナののっこみを長い間忘れていた。その後、のっこみを見ることはなかった。霞ヶ浦は頑丈な堤防で囲まれ、川はコンクリートで護岸された。田圃の間の水路も草が生える土の土手から、管理しやすい三面コンクリート張りと呼ばれる直線化された水路に変わった。
フナは春に水路を遡っても、産卵する場所がなく、力つきて死体が流れくだるのだった。フナは子孫を残せずに、霞ヶ浦のフナは減ってしまった。
それでも、市街地のはずれを流れる新川は、上流では昔ながらの田圃やハス田が残り、泥がたまる土手の水路もわずかにある。泥がたまった場所には、草が生えている。フナの群れはそこを目指して大雨が降った時に霞ヶ浦から遡るのだった。
タロウがフナの群れを見て、ワオワオと軽く吠えて、頭を水路の方へ傾けた。英二がリードを引いていなければ、ジャブジャブと水路の中に入っていって、フナの群れを追いかけそうだった。
背後で女性の声がした。
「あら、のっこみですね。毎年ここで見られますよ」
振り返ると、女性用の深めの帽子を被った、初老の小柄な女性がにこやかに笑っていた。
「そうですか。私はリンリンロードを時々散歩するんですが、この場所でのっこみを初めて見ました。子どもの頃は、阿見町の霞ヶ浦のそばの実家近くで見たことはあるんですが、それ以来です。久しぶりです」
「ここでは大雨が降った翌日くらいに見られます。四月から五月にかけて、運が良ければ見られます。雨が降ると増水して、段差があるところでは小さな滝のようになるので、フナの滝登りが見られますよ」
「そうですか。それは見ものですね。ぜひ、見てみたいです」
「その場所は、ここから百メートルほどの上流です。いってみましょう」
その女性は、先に歩き出した。英二もタロウのリードを引いて続いた。
女性は歩きながら話を継いだ。
「ときどき、のっこみのフナを大きな網で獲っている人もいますよ。食べるんですかって声をかけたら、ニワトリの餌にするんだとか言っていました。養鶏場の人だったみたいです」
「なるほど、子どもの頃、祖父がフナの甘露煮を作ってくれて家族で食べましたよ」
「それはおいしかったでしょうね」
「ほんとうに旨いものでした」
「幸せな思い出ですね。あ、ほら、そこ、段差があるところです」
その場所はコンクリートでできた五十センチほどの小さな段差だった。増水で、確かに小さな滝のようなっていた。ザーという水音が絶え間なく続いていた。
「しばらくみていましょう」
女性は、眼を滝の方に向けながら言った。英二も滝を凝視した。
まもなく、下流の濁った水の中から黒っぽい魚の背中が見えたと思うと、その魚は段差の滝をジャンプして一気に遡った。一瞬だった。
「あ、見ましたか」
「はい、見ました。すごいです」
英二は、思わずタロウのリードを引いた。
タロウは、「ワン」と鳴いて、滝の方を見た。
一分ほどの間に、三匹のフナが段差の滝を遡った。フナは次々と勢いよくジャンプして上流へ遡るのだった。
「ほんとにフナの滝登りですね。初めてみました」
「私も初めて見た時は感激しました。その後、毎年、春に、大雨が降ると、ここに来て、眺めているんです。なんだか元気をもらえるような気がします」
「私も何だか力をもらったような気がしてきました」
「上流の産卵できる場所へ早く遡って、卵を産んで、子孫を残そうと懸命なんですよ。命ってすごいですね」
そこへ段差の上流から大きなフナの死体が浮いて流されてきた。フナの死体は滝を流れ落ちて、濁った水の中で見えなくなったが、間もなく浮いて、下流へさらにゆっくり流されていった。英二はそれを目で追った。女性が言った。
「時々、死んだフナが流されてきます。卵を産んで力つきたのでしょうか」
「そういえば、サケの産卵と同じですね。自然っていうのは厳しいものですね」
「でも命がつながったのですから、魚たちに悔いはないのでしょう」
「人間も、そうありたいものですね」
「ほんとに」
英二とその女性はしばらく無言でフナの滝登りを眺めた。
「では、お先します」
そう言うと、その女性は軽く頭を下げて会釈し、リンリンロードをしっかりした足取りで歩いていった。初老の英二にとって、妻以外の女性と親しく会話するのは久しぶりだった。何となく気持ちが弾むのを感じた。
その女性を見送った英二は、タロウといっしょに、しばらくの間、のっこみのフナの群れを眺めた。さらに上流に遡ろうとするフナや下流から次々とやってくるフナもいた。
*
英二は、フナと自分の人生を重ねてみた。
―フナたちは、子孫を残すために本能に駆られて、霞ヶ浦の深みから川に遡ってきて、卵を産む。何の迷いもないんだなあ。ただひたむきに一心不乱に行動している。何と純粋なことか。生き物というものは、皆そうなのかもしれない。人間だけが人生の選択に迷ったり、悩んだりするのかなあ。
俺も高校を出るときに迷った。地元高校の商業科を卒業して、地方銀行に就職が決まった時は、安定した仕事だと家族は皆喜んでくれた。
しかし、音楽が大好きだった俺は、東京へ出て、バンドに入って、音楽で有名になりたいと思ったことがあった。折からフォークソンググループが人気を集めていた。
「森田公一とトップギャラン」の「青春時代」は今でも歌えそうだ。
あの時、ずいぶん、迷った。先生に相談した。両親は反対した。有名になるまで何年も都会で頑張れるか、自信がなくなり、結局、地元で就職した。
就職してからは、結果的にその選択が正解だったと思えるように、地道に仕事をしてきた。結婚し、子どもができて家族を養う頃には、ひたむきに頑張るしかなかった。
第一子は流産だった。妻はずいぶん落ち込んでいたが、俺は仕事が忙しくて、妻の気持ちに寄り添う余裕がなかった。妻はそのことで俺を責めることはないが、当時は辛そうだった。その後、女の子二人に恵まれて、妻は子育てに忙殺された。俺は、妻が家庭を守ってくれてていることに安心して、銀行の仕事に集中できたのだった。
―そうだ、のっこみのフナたちと俺の人生は同じなんだー。
そう考えると、英二はのっこみのフナに感情移入している自分に気がついた。
―人間の一生もフナの一生も、よく考えれば同じなのかもしれない。子孫を残し、世代をつなぐ責任をかろうじて果たしたことになるなら、後悔することはないのだ。
俺の人生は、社会の歯車の一つでしかないのかと、若い時は自分を責めた。一回しかない人生なら、夢に賭けてみたいと思ったりした。しかし、その悩みを家族や同僚の前で打ち明けたことはなかった。結果的に夢をあきらめたが、それでよかったのだろうー。
そう思うと、残された人生を妻と一緒に過ごしていくことに、改めて安堵する気持ちになれた。思いがけず、フナののっこみを見ながら、自分の人生を少し振り返る時間を過ごし、いつもより長めの散歩になったようだ。
*
英二は、辛抱強く待っていたタロウとともに、それにしても・・・と英二は歩きながらまた思い出を反芻した。
―あの時、じいちゃんは、フナの甘露煮を作って、孫の自分をはじめ、家族に食べさせてくれた。それは今でも懐かしい思い出になっている。
それに比べて今の俺はどうだろうか。高校を出て、地元銀行に就職し、地元の娘と結婚して所帯を持った。妻は俺を支えて家庭を切り盛りしてくれた。若い頃、仕事ひとすじの俺と意見が合わず、夫婦で冷戦をしたこともあった。家事と二人の娘の教育は妻に任せきりだったことが原因だったこともある。銀行の取引先とのつきあいゴルフは欠かせなかった。休日には、朝早くから、上司を乗せて県内のゴルフ場に車をとばしたものだ。
娘たちはそれぞれ結婚して遠くの町で暮らしている。孫は四人いる。成長し、大学を卒業して就職した孫もいる。なんとか子孫を残したことになる。のっこみのフナたちに負けてはいない。しかし、俺は、祖父のように何か思い出に残るようなことを娘や孫たちにしてやれただろうかー。
何もしていないような気がした。正月に娘夫婦が里帰りした時、まだ小さかった孫たちにお年玉をあげると、大喜びしてくれたが、自分が亡くなってからも思い出してくれるか、自信がなかった。思い出はお金では買えない。昔の遊びを教えてやったこともなかった。祖父が霞ヶ浦で泳ぐことを教えてくれたように、自分の孫たちに霞ヶ浦で泳がせることも叶わない。霞ヶ浦の水質が良くないからだった。昔のような、水がきれいな砂浜の遊泳場はもう無かった。
孫たちに祖父らしいことをしてやれていないとしたら、それは寂しいことだった。時代が変わってしまったし、三世代同居もあまりなくなった。
霞ヶ浦も川も、自然が失われ、人工化し、水は汚れてしまった。霞ヶ浦で泳いだり、川遊びをする子どもたちの姿はない。俺たちは霞ヶ浦の恵みを意識しなくなった。しかし、一人の人間にはどうすることもできない。県や国のお役所は霞ヶ浦を蘇らせるために、いろいろやっている。しかし、あまり効果を上げていないようだ。
それでもフナたちは、今でも辛うじて汚れた小さな川に戻ってきて、子孫を残す営みを続けていたのだ。フナたちにとって、新川はふるさとの川なのだろう。生まれた川なのだろう。
そのことを考えると、俺は祖父には及ばないなと思った。俺は銀行員として、長年、地域経済に貢献してきたつもりだった。一市民として家族を養い、町内会や学校のPTAの集まりにもできるだけ顔を出してきた。何も恥じることはないが、それでも一抹の寂しさは心の中に残った。霞ヶ浦のためには何もしてこなかった。
タロウと歩きながら、懐かしい祖父母の顔を思い出していた。思い出の中で、深い皺が刻まれた小柄な祖父母の柔和な笑顔が、少年の日の英二を見つめていた。
了

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